新しいiPadが、Lightning端子を撤廃し、USB Type-Cを採用したことで、来年(2019年)以降のiPhoneもLightningではなくType-Cを採用する動きが見えてきた。たかが充電端子と思ってはいけない。この動きは大きな意味を持っている。1つのアダプタであらゆるデバイスが充電できる夢の世界の入り口が開いたからだ。

頼りになるMFIロゴ

Apple製品のアクセサリにはMFi認証と呼ばれる制度がある。MFiはMade for iPhone/iPad/iPodからきているもので、Appleの定めた基準を満たした製品だけが、公式認定品としてのロゴマークをパッケージなどに表示することができる。

 消費者は、このマークがあることを確認してサードパーティ製の製品を選ぶことで、互換性などを気にすることなく、確実に自分のデバイスで使えるアクセサリ等を判別することができる。あらゆるカテゴリを純正品だけでカバーするのは不可能である以上、MFiロゴは頼りになる安心材料だ。

 もちろん世のなかにはMFi認証を受けていないアクセサリもたくさんある。たとえば百均で売られているようなLightningケーブルなどは、コスト的にMFi認証の取得は難しい。普通に使える可能性も高いが使えなくても文句は言えない。そういうリスクを覚悟の上で購入することになる。

 逆に言うとMFi認証品は高価だ。サードパーティがAppleからチップの供給を受けるのにもカネがかかるし、審査にも費用が必要だろう。その分のコストが上乗せされるのだから高くなるのは当たり前だ。

 その昔、NECのPC-9800シリーズが国民機と呼ばれていたころ、純正のHDDユニットはとてつもなく高価だったが、サードパーティ製品はリーズナブルな金額で入手できた。98シリーズの純正HDD用拡張インターフェイスには、接続されたHDDが正しいものかどうかを判別するために、認識時にドライブユニットからの信号の先頭文字列を見て、そこにNECと書かれていなければ受けつけない仕組みがあった。

 サードパーティ製品が同じことをやると知的財産を侵害することになってしまう。そこで各社、先頭文字列をNECOとして、このチェックを回避したという逸話がある。これならNECではなくNECOだと言い張れる。純正インターフェイスは先頭3文字しか見ていなかったので、見事、その制限をくぐり抜けることができたというわけだ。この話は、当時、複数の情報ソースから聞いているので、きっと本当のことだったのだろう。

 当時と現在では、状況が大きく違うが、製品を黙認するよりも、認証制度を設けて粗悪な製品をふるい落とすほうが消費者にはわかりやすい。MFiロゴがあれば安心だと言って購入時の目安になるし、安心して使えるサードパーティ製のアクセサリが充実することはAppleにとっても悪い話ではない。それにMFi認証制度の背景には、その認証のために、カネが動くという旨みもある。Lightningをやめるというのは、その旨みを捨てるということにつながる。

意外に早かったiPadのLightning撤廃

Androidスマートフォンの多くは、混沌としていたMicro USBの呪縛から解き放たれ、数年をかけてUSB Type-Cへと移行した。今、店頭で入手できるほとんどの製品は、Type-C端子を装備している。だが、状況そのものはまだ混沌状態だ。

 一方、iPhoneやiPadは例外なくLightning端子でType-C端子とは無縁だった。MFiビジネスの旨みをAppleが捨てるはずがないとも言われ、当分の間、Lightning端子がAppleデバイスから消えることはないだろうとされていたし、ぼく自身も懐疑的だった。

 ところが先日発表された新しいiPadがType-C端子を採用していたのだ。正直なところ、こんなに早くそのタイミングがやってくるとは思っていなかった。いい意味で期待を裏切ってくれた。そのくらいApple製品の影響力は強い。

 とにかく、これで大きく変わるのは各種デバイスの充電事情だ。今、Type-C端子を持つデバイスは、充電にさいしてUSB Power Delivery規格を使うことができるものがほとんどだ。新しいiPadも例外ではない。製品仕様を見ると同梱物として18W USB-Cアダプタが含まれると記載されている。

 このアダプタは、明記されてはいないが、ほぼ確実にUSB Power Delivery(PD)規格のものだ。W(ワット)は電圧×電流で計算できるが、最大9V/2Aでの急速充電ができるものだろう。このように、PDでは、電流だけではなく電圧と電流がACアダプタと充電されるデバイスの通信によって変化する。もちろん接続は両端Type-Cのケーブルを使う。このケーブルも同梱されている。

 だがこの対応によって、今までMFi認証の砦で守られてきた世界は崩壊する。AppleもUSB関連の仕様を策定するUSB Implementers Forum(USB-IF)の主導企業だから、Type-Cの世界でMFi認証というわけにはいかないだろう。かと言ってUSBロゴの取得は必須ではないし、特許使用料も無料なので話はややこしい。

ノーモアMicro USB

これまでの充電に使うACアダプタは、基本的に何Aを供給できるかが記載されていて、その多寡で充電能力を把握することができた。USB PDの普及にいたるまでは、QualcommのQuickChargeやSamsungのAdaptive Fast Charge、HuaweiのSuperChargeなど、さまざまな規格が乱立していたし、アダプタによってはUSBの規格を大きく逸脱したものもたくさんあった。

 だが、現行デバイスのほとんどはPD対応をはたし、各社の独自充電規格にも対応はしているものの、今後は収束していくことになりそうだ。もっともHuaweiは、最新のMate 20 Proで、SuperCharge仕様を拡張、10V/4Aで40W対応させる急速充電をサポートした。純正ケーブルのみの対応で、しかもType-A to Type-Cケーブルによるものだが、世界有数のスマートフォンメーカーとしては、これからUSB PDの世界に収束しようとしている業界トレンドのなかで、この対応は見送るべきではなかったと個人的には思う。

 加えて残念なのは、各社のデバイスが、USB PDに対応しているかどうかが、製品仕様としてきちんと明記されていないことだ。だが、発表会などで技術的な質問をすると、SamsungもHuaweiも、そして、レノボもソニーもUSB PDに対応しているという回答が戻ってくる。対応しているならいるで、最大電力での充電時の電圧と電流や充電可能最低電力などを明記してほしいものだ。

 以前は、通信機であるスマートフォンなのに、対応通信バンド名すら記載されていなかったが、うるさく言っていたら、今では、3G、4Gともにバンド番号が記載されるようになってきている。同じように、充電時の規格や仕様についてもきちんと明記してほしいものだ。

 いずれにしても、手元のPD対応デバイスを充電するためにサードパーティ製のACアダプタを選ぶときには、そのアダプタがUSB PDに対応していること、さらに、最大何Wまで供給できるのかを確認するようにしよう。

 また、ケーブルについても混沌としている。両端がType-Cのケーブルについては、電圧を問わず、3Aを超える電流を流せるものについては識別用のeMarkerと呼ばれるICチップが内蔵されている必要がある。そのチップがないケーブルでは、3Aを超える電流を流してはいけないことになっている。

 PDの最大電圧は20Vだから60Wアダプタであれば、チップなしのケーブルで20V/3Aが流れる。だからどんなにローコストなケーブルも、20V/3Aを流しても安全であることが求められる。

 さらに、同じように見える両端Type-Cのケーブルでも、データを流す場合には、その転送速度がUSB 2.0までの対応なのか、3.1 Gen1なのか3.1 Gen2なのか、あるいは、Thunderbolt対応なのかも違いとしてある。

 eMarkerの有無、eMarkerに書き込まれた値などは、ケーブルの外見だけではまず見分けがつかないので、選択時にはパッケージに記載された仕様を念入りに確認するといった注意が必要だ。

 今後、あらゆる充電用のACアダプタがUSB PD対応に収束していけば、スマートフォンやタブレット以外のデバイスもUSB PD充電が当たり前になっていくだろう。これらのデバイスよりもはるかに大容量のバッテリを実装したモバイルPCのようなデバイスも、同じアダプタを使い、Type-CでUSB PD充電できるようになりつつある。もちろんコストも下がる。

 スマートフォン充電に使う18W程度の小さなアダプタは、稼働するPCの消費する電力にようやく届く程度かもしれず、PCを使いながら大容量バッテリを充電するには力不足かもしれないが、バッテリを消費させない、あるいは消費しても消費量を減らせるくらいの貢献はできるかもしれない。

 こうしてあらゆるデバイスがUSB PD対応ACアダプタを使い、同じケーブルを使って充電ができるようになるじつに便利な世のなかがやってくる。

 加えて充電用ACアダプタの小型化のトレンドも進行しつつある。一般的なACアダプタに比べると効率が悪いPDだが、窒化ガリウムの半導体採用などで小型化が進んでいるそうだ。iPadのType-C端子採用で、こうした動きがさらに活発になりそうで期待は高まる。

 そんな世のなかが少しでも早くやってくるためには、各社がきちんと規格を遵守した製品を作り、その製品の仕様をきちんと明記したパッケージに入れて出荷することが求められる。ぜひ、そういう世界の実現を推進してほしい。